The Milkmaid by Johannes Vermeer, 1658

牛乳を注ぐ女 – 背景の壁には棚が描かれていた

この絵の背景の壁は、もともと空ではありませんでした。2022年にアムステルダム国立美術館が行った精密調査で、フェルメールが最初に描いていたものが二つ見つかりました。壁に掛けられた水差し用の棚と、女性の足元に置かれた炭火を入れる籠です。彼はその両方を塗りつぶしました。この画面の静けさは、最初からそこにあったのではなく、取り除いた結果です。

基本情報

2022年にわかったこと

アムステルダム国立美術館は2022年の大回顧展に向けて、この作品をマクロX線蛍光分析、赤外線反射法、ハイパースペクトル撮影で調べました。その結果、いくつかのことが判明しました。

塗りつぶされた二つのもの。先に述べた水差し棚と炭火籠です。どちらも当時のオランダの台所を描いた絵では珍しくない道具でした。フェルメールはそれを描き、そして消しました。残ったのは、女性と、器と、光の当たった壁だけです。

下絵がありました。黒い顔料による太く速い線で、構図の骨格が引かれていました。フェルメールは下絵を描かずに直接描いたと長く考えられてきましたが、この見方は修正されました。

そして彼は速く描いていました。これはこの作品についての一般的な説明を覆します。フェルメールが一枚に何か月もかけて緻密に仕上げたという話は広く流布していますが、絵具の重なり方と筆致から見えてくるのは、迷いなく置かれた確信のある手つきです。

作品数が少ない理由は制作の遅さではなく、四十三歳で死んだこと、そして絵を描くことが彼の唯一の仕事ではなかったことにあります。彼は画商としても働き、義母から受け継いだ宿屋も営んでいました。

この作品が忘れられない理由

この画面では何も起きていません。女性が土鍋にミルクを注いでいる、それだけです。

ところがこの絵が描かれた頃、台所女中は絵画の題材として尊厳を与えられる対象ではありませんでした。同時代の風俗画で女中が登場するときは、たいてい怠惰や欲望や滑稽の記号としてでした。フェルメールはそれをしませんでした。この女性は集中しており、その集中が画面全体を支配しています。

彼女はこちらを見ません。だからこそ鑑賞者は覗いている側になります。『真珠の耳飾りの少女』がまっすぐ見返してくるのと正反対の構造です。

象徴と見どころ

ミルクの流れ。画面の中で唯一動いているものです。細く、途切れず、下の器へ落ちています。この一筋があるために、画面全体が「止まっている」のではなく「持続している」ように見えます。

壁。遠目には平坦に見えますが、近づくと違います。釘が一本刺さっており、その周囲に釘穴の跡があり、漆喰には染みと剥落があります。フェルメールは何もない壁を描いたのではなく、傷んだ壁を丁寧に描きました。

パン。表面に盛り上がった小さな点が無数に置かれています。この技法をプアンティエと呼びます。初期のレンズが作る錯乱円に似ているため、フェルメールがカメラ・オブスクーラを使ったという説の根拠としてしばしば引かれます。『デルフト眺望』の船体にも同じ点があります。

足元のタイル。床際の白いタイルをよく見てください。弓を持ったキューピッドが描かれています。そしてそのすぐそばに足温め器が置かれています。当時のオランダ絵画で足温め器は、女性の情愛や欲望を示す記号として使われることがありました。この二つが隣り合っているのは偶然とは考えにくいところです。

ただし解釈は割れています。同じ配置を、女性の慎ましさを際立たせる対比として読む見方もあります。

青。エプロンの青はラピスラズリ由来のウルトラマリンです。当時もっとも高価だった顔料であり、通常は聖母マリアの衣に使われました。台所女中のエプロンに使う画家はほとんどいませんでした。

ヨハネス・フェルメールについて

フェルメール(1632~1675)はデルフトに生まれ、その街をほとんど離れませんでした。現存作は三十五点前後です。

生前の名声はデルフト周辺を大きく超えず、死後その名は事実上忘れられました。19世紀半ばにフランスの批評家テオフィル・トレ=ビュルガーが『デルフト眺望』を見て再発見して以降、今日の位置に至ります。

55万ギルダーの騒動

この絵は1813年からアムステルダムのシックス家が所有していました。

1907年、この作品が国外へ売却されるかもしれないという話が広まります。オランダ国内は動揺しました。翌1908年、国家が55万ギルダーという巨額でこれを購入します。議会で議論になるほどの金額でした。

二百年前には誰も名前を知らなかった画家の、台所を描いた45センチの絵が、国家の問題になったわけです。

遺産と影響

19世紀の写実主義は、日常の労働を尊厳をもって描く態度をこの系譜から受け取りました。ミレーやクールベが労働する人を大画面に描いたとき、その前例の一つがここにあります。

現代においてこの絵はオランダの文化的記号です。ただしその普及の仕方は特殊で、乳製品の商標から航空会社の機内サービスまで、商業的な引用が非常に多くあります。台所の女性という主題が、そのまま食品と結びつきやすいためです。

作品が見られる場所

アムステルダム国立美術館の名誉の間に近い展示室にあります。

  • 開館は毎日9時から17時まで。休館日がありません。ヨーロッパの主要美術館としては珍しく、月曜も開いています。
  • オンラインでの事前予約を推奨します。平日午前が最も空いています。
  • 中央駅からトラム2番または12番で「Rijksmuseum」下車です。
  • 近づいて見てください。この絵の要点は壁の傷とパンの粒にあり、それは離れると消えます。ガラスケースはありません。
  • 同じ美術館にレンブラントの『夜警』とフェルメールの『小路』『手紙を読む青衣の女』があります。

ハーグのマウリッツハイス美術館までは列車で一時間ほどです。そこに『真珠の耳飾りの少女』と『デルフト眺望』があります。オランダで三点のフェルメールを一日で見ることは可能です。

この絵の前で最後まで残るのは、静けさそのものではなく、静けさが作られた過程です。フェルメールは棚を描き、籠を描き、そして両方を消しました。残ったのは、女性と、注がれ続けるミルクと、釘の刺さった壁だけです。

画像: Het melkmeisje – ヨハネス・フェルメール、1658~59年頃、アムステルダム国立美術館蔵。ライセンス: Public Domain. 出典: Wikimedia Commons.

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