仁王霽色図 – 濡れた花崗岩が黒くなる数時間
この絵の岩は、画面の上ではなく中央から下にあります。濡れて黒く沈んだ花崗岩の壁が画面の大部分を占め、見る者に向かって迫り出してきます。霧は山の上ではなく、麓の木々のあいだに溜まっています。そして岩の上には、雨が上がったあとの明るい空が開いています。重いものが下にあり、軽いものが上にある——この配置が、この絵の圧力を生んでいます。
基本情報
- 作者: 鄭敾(チョン・ソン、1676~1759)
- 制作: 1751年、画面に「辛未閏月下浣」の記載があります。閏5月の下旬にあたります
- 技法: 紙本水墨
- 寸法: 79.2 × 138.2 cm(横長)
- 芸術運動: 朝鮮王朝美術
- 所蔵先: 韓国国立中央博物館(2021年寄贈)
七十六歳が描いた岩
鄭敾はこのとき七十六歳でした。
朝鮮の絵画は長く中国の様式に従っていました。画家たちは実際には見たことのない中国の名山を、手本にならって描きます。理想化された山水であり、特定の場所ではありませんでした。
鄭敾はそれをやめました。彼が描いたのは、自分が生まれ育った町から見える実在の山です。この方法を真景山水と呼びます。
仁王山はソウル市街の西に立つ花崗岩の山です。普段は白っぽく乾いて見えます。ところが雨に濡れると、岩肌は黒く沈みます。
この絵が捉えているのは、その状態です。晴天の仁王山でも、曇天の仁王山でもなく、雨が上がった直後の数時間にしか現れない姿です。
筆の使い方
岩の表現には、鄭敾が確立した技法が使われています。
斧劈皴。筆を寝かせて側面で広く引く方法です。花崗岩が層をなして割れる、その板状の面がこれで表されます。線ではなく面として岩を描く手法です。
そこに積墨が重なります。濃い墨を何度も重ね、乾かしてはまた重ねる。その結果、紙の上に物理的な厚みが生まれます。
麓の樹木は対照的です。米点と呼ばれる短い点を連ねる方法で、輪郭を持たない塊として置かれています。
そして余白です。霧は描かれていません。紙の白がそのまま霧です。木々と建物の下端が、その白に溶けて消えています。
麓の家
画面下部、木々のあいだに建物が見えます。
この家は通常、李秉淵(イ・ビョンヨン)の住まいとされます。鄭敾の生涯の友人であり、詩人でした。二人は同じ町で育ち、六十年にわたって交流しました。
そしてここから、この絵についてもっとも語られる解釈が生まれます。
李秉淵はこの絵の日付の四日後に世を去りました。
美術史家の呉柱錫は、鄭敾が重病の友のためにこの絵を描いたという説を提示しました。雨上がりの晴天が、病からの回復への祈りだという読み方です。
この解釈は韓国で広く知られています。ただし確定した事実ではありません。李秉淵がこのとき病臥していたことを示す同時代の記録は、確認されていません。日付の近さから組み立てられた推論です。
逆の読み方もあります。友の回復を祝って描かれ、その直後に不意に亡くなった、という解釈です。
どちらであれ、二人の家が同じ画面に収まっていることは変わりません。
一つの視点から描かれていません
この絵を実際の仁王山と比べると、合わない点があります。
岩壁はほぼ正面から、近い距離で見た形で描かれています。一方、麓の集落は上から俯瞰した角度です。
つまり鄭敾は、一か所に立って見えたものを写したのではありません。複数の位置からの観察を一つの画面に組み立てています。
真景山水は写生ではありません。実在する場所を、実在する特徴に基づいて再構成する方法です。
「国宝第216号」という呼び方について
この作品は1984年に韓国の国宝に指定されました。
ただし2021年11月、韓国は国宝の番号制を廃止しました。番号が重要度の序列と誤解されることが問題とされたためです。現在の正式名称は「鄭敾筆 仁王霽色図」であり、番号は管理上の識別子にすぎません。
2024年には、所管官庁の名称も「文化財庁」から「国家遺産庁」に変わっています。
この絵が博物館に入るまで
この作品は長く個人の手にありました。
20世紀後半にサムスングループの会長李健熙の収集品となり、その後長く非公開でした。
2020年に李健熙が没すると、翌2021年、遺族は膨大な美術品を国家に寄贈します。総点数はおよそ23,000点、いわゆる「李健熙コレクション」です。この作品はその中核の一つでした。
国宝級の作品が個人蔵から国立博物館へ移った、韓国の文化財史における大きな出来事でした。
鄭敾について
鄭敾(1676~1759)はソウルの清雲洞、仁王山の麓に生まれました。
没落した両班の家に育ち、官職を得ながら生涯絵を描き続けました。八十三歳まで生き、代表作の多くは七十歳以降のものです。
金剛山を描いた『金剛全図』も彼の作品です。この二点が真景山水の双璧とされます。
作品が見られる場所
韓国国立中央博物館にあります。地下鉄4号線および京義中央線の二村駅から徒歩圏です。
- 常設展示は無料です。
- ただし常時展示されているとは限りません。紙に描かれた作品は光に弱く、公開は期間を限って行われます。この作品を目的に行かれる場合は、必ず事前に公式サイトで展示の有無をご確認ください。
- 同じ館に朝鮮白磁の月壺と金銅弥勒菩薩半跏思惟像があります。
そして山そのものに登れます。仁王山はソウルの中心部にあり、標高338メートル、登頂は一時間ほどです。ソウル城郭に沿った道が整備されています。
絵に近い角度で山を見るなら、麓の水声洞(スソンドン)渓谷のあたりが参考になります。鄭敾が描いた地形が、いまも残っています。
雨上がりに行ってください。晴れた日の仁王山は白く乾いており、この絵とは別の山に見えます。濡れた花崗岩が黒く沈むのを見て初めて、この絵が何を描いたのかがわかります。
この絵の前で最後まで残るのは、重さの方向です。山は聳えているのではなく、こちらへ傾いています。七十六歳の画家が、六十年の友の家の上に、その岩を置きました。
画像: 仁王霽色図 – 鄭敾、1751年、韓国国立中央博物館蔵。ライセンス: Public Domain. 出典: Wikimedia Commons.
