日月五峰図 – 王がいなくても機能した屏風
この屏風は、王が座っていなくても機能しました。玉座の後ろに常設され、王が地方へ行幸するときは同行し、王が没した後は、王の肖像である御真影の背後に置かれました。王の存在を飾る絵ではなく、王の不在を埋める装置です。空の玉座にこの屏風が立っているとき、そこにはまだ王権がありました。
基本情報
- 作者: 記録に残っていません。宮廷の画員による制作と考えられます
- 制作時期: 現存例の多くは18~19世紀。形式そのものはさらに古く遡るとされます
- 技法: 絹本着色、折り畳み式の屏風
- 寸法: 玉座の背後に立てる大型のものが中心で、設置場所に合わせて作られました
- 芸術運動: 朝鮮王朝美術
- 所蔵: 国立古宮博物館ほか。景福宮・勤政殿、昌徳宮・仁政殿などで本来の配置を見ることができます
朝鮮にしかありません
この形式は朝鮮王朝固有のものです。
中国の宮廷では、皇帝の玉座の背後に龍を描いた屏風が置かれました。日本の宮廷にも、太陽と月と五つの峰を描いた屏風を玉座の背後に置く慣わしはありません。
日月五峰図に相当する王権の図像は、他のどの王朝にも見当たりません。成立の経緯も明らかになっていません。
起源をめぐっては、1447年に編まれたハングルによる最初の文学作品『龍飛御天歌』や、宮中で歌われた山河を讃える楽章との関連を指摘する研究があります。ただし現存する屏風はいずれも後代のものです。
太陽と月の意味
ここで一般に流布している説明を修正しておく必要があります。
太陽が王を、月が王妃を表すという解釈がよく語られます。ただしこれは宮廷の記録に裏づけられたものではありません。
研究者や博物館の解説で示されるのは、より大きな読み方です。
太陽と月は陽と陰を表します。世界を成り立たせる二つの原理です。
五つの峰は五岳を表します。東西南北と中央、すなわち国土の全域です。朝鮮では一般に、白頭山、金剛山、妙香山、智異山、三角山がそれにあたるとされます。
したがってこの屏風が示しているのは、陰陽と全国土、つまり世界の全体です。その前に王が座ることで、王が世界の秩序の中心にいるという構図が完成します。
これは風景画ではありません
画面を見ると、いくつも不自然な点があります。
太陽と月が同時に出ています。しかも左右対称の位置に、同じ高さで。実際の空には起こりません。
完全な左右対称です。五つの峰は中央を軸に対称に配置され、両側の滝も、松も、波も対応しています。
遠近がありません。奥行きが作られておらず、すべてが同じ平面に並んでいます。
波が規則的です。下部の波は、同じ形が繰り返される様式化された文様です。
これらは写生の失敗ではありません。この屏風は風景を描いたものではなく、世界の構造を示す図式です。実在の場所を写す必要がありません。
同じ朝鮮王朝でも、鄭敾の『仁王霽色図』は正反対の方向を取りました。実在の山を、実際の気象条件のもとで描く真景山水です。
同じ時代に、実景を描く絵画と、世界の図式を描く絵画が並存していました。
見どころ
色。群青と緑青が主で、赤い太陽と白い月が対置されます。顔料は高価な鉱物性のものが使われました。
滝。峰のあいだから左右一対の滝が落ちています。数も位置も対応しています。
松。左右対称に配されるのが基本で、本数や形は作例によって異なります。松は不変と長寿の標識です。
波。画面下部を埋める波は、海であると同時に世界の縁を示します。
金泥。作例によっては太陽や輪郭に金が用いられています。
作った人たち
制作したのは、宮廷の絵画制作を担った図画署に属する画員たちと考えられています。
彼らは中人身分に属する専門職であり、国家の事業として絵を描きました。署名は行いません。作品は個人ではなく王朝に帰属するものだったためです。
そしてこの屏風に関しては、独創性が求められませんでした。求められたのは、先行する形式を正確に再現することです。
個人の表現を排除する制度のもとで、同じ図像が数百年にわたって描き継がれました。
なお、同時期に活動した鄭敾は図画署の画員ではなく、官職を持つ士大夫でした。身分と制作の関係は一様ではありません。
いま、財布のなかにあります
この図像は現在も流通しています。
2007年1月に発行が始まった韓国の一万ウォン紙幣の表面で、世宗大王の肖像の背後に日月五峰図が描かれています。同じ面には、『龍飛御天歌』の第二章の一節も刷り込まれています。裏面は、朝鮮時代の天文観測器である渾天儀と、14世紀の星図です。
韓国を訪れる方は、両替した時点でこの絵を手にすることになります。
玉座の後ろにあった屏風は、いまも王の後ろにあります。ただし宮殿ではなく、紙幣の上で。同じように、日本の新しい千円札の裏面には北斎の『神奈川沖浪裏』が刷られています。隣り合う二つの国が、それぞれ自国を代表する図像を紙幣に選んだとき、一方は王権の宇宙を、もう一方は庶民の版画を選んだことになります。
日本では?
日本にも、太陽と月を一組で描いた屏風の伝統があります。「日月山水図」と呼ばれる屏風です。
もっとも古い作例とされるのが、大阪・河内長野の天野山金剛寺に伝わる六曲一双の屏風で、現在は国宝『日月四季山水図屏風』として知られています。この屏風は長いあいだ、真言密教の灌頂という特別な儀式のときにだけ用いられてきました。東京国立博物館にも、金属の板で作った太陽と月を画面に嵌め込んだ『日月山水図屏風』(重要文化財)が伝わっています。
同じ太陽と月、同じ山と水。しかし朝鮮の日月五峰図が王権と国土を示す宮廷の装置だったのに対し、日本の日月山水図は寺院の儀式と、移ろう四季を描く大和絵の伝統のなかにありました。左右対称の図式と、季節の流れを描く画面。隣り合う二つの文化が、同じ天体を正反対の目的に使ったのです。
金剛寺の屏風はふだん非公開ですが、毎年秋に特別公開が行われており、2026年は11月1日から3日までの予定です。日程は寺の公式サイトでご確認ください。
作品が見られる場所
国立古宮博物館。景福宮の敷地内にあります。地下鉄3号線景福宮駅から直結です。
- 常設展示は無料です。開館時間と休館日は変更されることがあるため、事前に公式サイトでご確認ください。
- 朝鮮王室の儀礼具、王の御真影、儀軌などが併せて展示されています。
景福宮・勤政殿。正殿の内部に、玉座とともに屏風が設置されています。現在そこに置かれているのは保存のための複製と考えられますが、本来の配置を体感できるのはここです。
建物の外から内部を覗き込む形になります。中に入ることはできません。
この二つは必ず併せてご覧ください。博物館では屏風そのものを近くで見られ、勤政殿では屏風が何のために作られたのかがわかります。
昌徳宮の仁政殿にも設置例があります。
同じソウルの国立中央博物館には、朝鮮白磁の月壺と金銅弥勒菩薩半跏思惟像があります。
この屏風の前で最後まで残るのは、中心の空白です。画面の構成は完璧に対称で、その軸線上に何も描かれていません。そこに座る人が決まっていたからです。そして王がいないときも、その空白は保たれていました。
画像: 日月五峰図、朝鮮王朝。ライセンス: Public Domain. 出典: Wikimedia Commons.
