Café Terrace at Night by Vincent van Gogh, 1888

夜のカフェテラス – 1888年9月16日の夜に描かれた

この絵が描かれた日は、ほぼ特定されています。1888年9月16日から17日にかけての夜です。天文学者が画面の星の配置をアルル上空の実際の夜空と照合し、一致を確認しました。そしてファン・ゴッホは、この絵を昼間にアトリエで思い出しながら描いたのではありません。夜の路上に画架を立て、ガス灯の明かりのもとで描いています。

基本情報

黒を使わない夜

ファン・ゴッホは妹ウィレミーンへの手紙で、この絵についてこう書いています。黒を使わずに夜を描いた、美しい青と紫と緑だけで、そして照明のある場所は硫黄色と淡いレモン色になった、と。

実際、この画面に黒はほとんど見当たりません。夜空は深い青、建物の影は紫、そして光の当たる部分は黄色です。

当時、夜景は黒や灰色で描かれるのが通例でした。暗いものは暗い絵具で描く、という前提です。ファン・ゴッホはその前提を捨てました。

彼はこうも書いています。夜は昼よりもはるかに色彩に富んでいる、と。

その場で、暗いなかで描いた

この絵の制作方法も通常ではありませんでした。

彼は夜のフォルム広場に画架を立て、その場で描いています。同じ時期の手紙には、夜に外で絵を描いていること、そしてそれが自分にとって新しい試みであることが記されています。

暗がりで絵具の色を見分けるのは困難です。帽子に蝋燭を立てて手元を照らしたという話が伝えられていますが、これは後年広まったもので、確実な裏づけはありません。確かなのは、彼がガス灯の明かりを頼りに描いたということです。

この点は翌年の『星月夜』と対照的です。そちらは療養院の寝室で制作が許されず、昼間に階下のアトリエで記憶から描かれました。この絵は現場で、あちらは記憶で描かれています。

見どころ

二種類の光。テラスを照らすガス灯の黄色い光と、空の星の光。両者は画面のなかで対等に扱われています。人工の光と自然の光が同じ夜に並存しているという見方は、ガス灯が普及し始めた時代に固有のものです。

星。点ではなく、周囲に光をにじませた形で描かれています。翌年の『星月夜』で極限まで推し進められる描き方の出発点です。

石畳。手前から奥へ急に狭まり、視線を街路の奥へ導きます。

人物。テラスの客も通行人も、顔が描かれていません。輪郭と姿勢だけで存在しています。

木。画面右側に一本、葉を茂らせた木があります。

署名がありません。この作品にファン・ゴッホの署名はありません。

「最後の晩餐」説について

この絵にキリスト教の図像が隠されているという解釈があります。テラスの客が十二人で、中央に白い服の給仕が立ち、その背後の窓が十字形をしている、という読み方です。

この説は美術史学の主流ではありません。2010年に研究者ジャレッド・バクスターが提示したもので、以後もっぱら一般向けの文章で繰り返されてきました。

実際に画面を数えると、人物の数は十二と確定しません。給仕の位置も厳密な中央ではありません。

ファン・ゴッホが牧師の息子であり、一時は伝道師を志したことは事実です。ただしこの絵について彼が書き残したのは、黒を使わずに夜を描いたという技術的な内容でした。

歴史的背景

ファン・ゴッホは1888年2月、パリを離れてアルルへ移りました。南の光を求めてであり、画家たちの共同アトリエを作る計画がありました。

この年の夏と秋は彼の生涯でもっとも生産的な時期です。9月にこの絵が生まれ、同じ月に『ローヌ川の星月夜』も描かれています。二点とも夜の屋外を扱っています。

10月にはゴーギャンがアルルに到着し、12月に二人の共同生活は破綻します。

なお、1891年にブリュッセルで初めて展示された際の題名は『夜のコーヒーハウス』でした。現在の呼称は後に定着したものです。

フィンセント・ファン・ゴッホについて

ファン・ゴッホ(1853~1890)は二十七歳で絵を始め、十年に満たない期間に油彩約900点、素描1,100点以上を残しました。

広く流布している話を一つ訂正しておきます。生前に売れた絵は一枚だけだった、という話です。1890年にアンナ・ボックが『赤い葡萄畑』を購入したのは事実ですが、ファン・ゴッホ美術館はこの数字を根拠のない通説としています。

同じアルル時代の作品に『ひまわり』『ベッドルーム』があります。

作品が見られる場所

日本にお住まいの方へ。まず最新情報をご確認ください。この作品はクレラー=ミュラー美術館から貸し出され、日本国内を巡回していました。オッテルローへの帰還は2026年9月からの予定です。会期が終了していないか、各館の公式サイトでご確認ください。

通常はオランダのオッテルロー、クレラー=ミュラー美術館にあります。

  • デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園の中にあります。入場には公園の入園料と美術館の入館料の両方が必要です。
  • 公園内には無料で使える白い自転車が置かれています。駐車場から美術館まで距離があるため、これを利用するのが一般的です。
  • アムステルダムから車でおよそ一時間半。公共交通の場合はアーネムまたはエーデ=ワーヘニンゲンから路線バスです。本数が限られるため、時刻を事前に確認してください。
  • この美術館はファン・ゴッホ美術館に次いで多くのファン・ゴッホ作品を所蔵しています。油彩約90点、素描約180点です。
  • 屋外の彫刻庭園もあり、ロダンやヘプワースの作品があります。

アムステルダムのファン・ゴッホ美術館とは別の館です。混同されやすいのでご注意ください。

カフェは今もあります

アルルのフォルム広場に、この絵のカフェは現存します。

ただし一点、奇妙なことがあります。建物は現在、黄色く塗られています。絵に合わせて1990年代に塗り替えられたものです。

1888年当時、この建物は黄色ではありませんでした。画面の黄色はガス灯の光の色であって、壁の色ではありません。つまり現在の店は、絵の効果を建材で再現していることになります。

アルル市内には、ファン・ゴッホが描いた場所を巡る案内板が設置されています。

この絵の前で最後まで残るのは、二つの光が対等であることです。人が灯したガス灯と、頭上の星。ファン・ゴッホはどちらも同じ黄色で描きました。

画像: Caféterras bij nacht – フィンセント・ファン・ゴッホ、1888年9月、クレラー=ミュラー美術館蔵。ライセンス: Public Domain. 出典: Wikimedia Commons.

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