ボート・パーティーの昼食 – 十四人全員の名前がわかっている
この絵に描かれた十四人は、ほぼ全員の名前がわかっています。印象派の絵画としては異例のことです。左手前で小犬を抱いているのは二十一歳のお針子アリーヌ・シャリゴ、後にルノワールの妻になる女性です。右手前で椅子に後ろ向きに跨っているのは画家ギュスターヴ・カイユボット。奥のシルクハットの男は銀行家で美術史家のシャルル・エフリュシ、プルーストの小説の登場人物スワンの下敷きの一人とされる人物です。
基本情報
- 作者: ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841~1919)
- 制作年: 1880~1881年
- 技法: 油彩・カンヴァス
- 寸法: 129.9 × 172.7 cm
- 場所: パリ近郊シャトゥーのレストラン「メゾン・フルネーズ」のテラス
- 芸術運動: 印象主義
- 所蔵先: フィリップス・コレクション(ワシントンD.C.)
誰が描かれているか
主要な人物を挙げます。
アリーヌ・シャリゴ。左手前、小犬に話しかけている女性です。当時二十一歳のお針子で、ルノワールとは1890年に結婚します。
ギュスターヴ・カイユボット。右手前、麦わら帽子で椅子に跨っている男性です。画家であり、船乗りであり、そして仲間の画家たちの作品を買い支えた資産家でした。彼の遺贈がなければ、フランスの国立美術館に印象派の作品が入るのは大幅に遅れていたはずです。
アルフォンス・フルネーズ(子)。画面左、袖なしシャツで手すりにもたれている男性。この店の経営者の息子です。
アルフォンシーヌ・フルネーズ。その妹。手すりに寄りかかっています。
エレン・アンドレ。テーブルでグラスを持つ女優。ドガの『アプサント』でうつろに座っている女性と同一人物です。
アンジェル・ルゴー。グラスを傾ける女優。
シャルル・エフリュシ。奥でシルクハットをかぶった男性。銀行家一族の出身で、美術批評家でもありました。この場にいる誰よりも正装しています。
ジュール・ラフォルグ。エフリュシと話している、柔らかい帽子の若者。詩人であり、当時エフリュシの秘書でした。
ラウル・バルビエ男爵。手すりの近くにいる男性。元サイゴン市長です。
職業も階級もばらばらです。お針子、女優、実業家、詩人、元植民地官僚、店の子どもたち。この混在自体が、1880年のパリ郊外の日曜日でした。
この作品が忘れられない理由
14人を一つの画面に置きながら、全員が別のことをしています。会話し、飲み、身を乗り出し、犬をあやし、遠くを見ています。にもかかわらず画面はばらけません。
統一しているのは光です。テラスに張られた日除けを通した光が全体を覆い、白いテーブルクロスと男たちのシャツがその光を反射しています。
そして構図には対角線があります。左手前のアリーヌから右奥のグループへ、テーブルの縁が視線を導きます。
この絵は一度で描かれていません。ルノワールは1880年の夏に現地で描き始めましたが、構成を何度も変え、最終的にアトリエで仕上げました。技術調査により、複数の人物が後から加えられ、あるいは位置を変えられたことが確認されています。アリーヌの姿も、当初の計画にはありませんでした。
見どころ
テーブルの上。ワインの瓶、ぶどう、剥かれた果物、そしてグラス。ルノワールはこの静物の部分を、人物と同じ密度で描いています。ガラスを透過した光が卓上に落ちています。
赤。麦わら帽子のリボン、日除けの縞、女性の帽子の花。赤が画面全体に点々と配置され、視線を循環させています。
手すりの向こう。セーヌ川の水面と、繋留された小舟が見えます。短い筆致で処理されており、人物のいる前景とは描き方が違います。
カイユボットの姿勢。椅子に後ろ向きに跨り、腕を背もたれに預けています。当時としてはくつろぎすぎた姿勢です。彼は画面のなかで最も力の抜けた人物です。
歴史的背景
1880年前後のパリでは、鉄道の発達により市民が週末に郊外へ出るようになりました。シャトゥーはその行き先の一つで、ボート遊びと川辺の食事が目当てでした。
メゾン・フルネーズはボートの貸し出しとレストランを兼ねた店で、画家や作家が集まる場所でした。
この作品は1882年の第7回印象派展に出品され、三人の批評家が展覧会中の最高作と評価しました。
ただし当時のルノワールは、印象派の方法に行き詰まりを感じていました。同じ年に彼はイタリアへ旅立ちます。
これが最後でした
イタリアでルノワールが見たのは、ラファエロの壁画とポンペイの古代絵画でした。
帰国後、彼の画風は変わります。輪郭がはっきりし、形が硬くなり、色の混ざりが減ります。この時期は「乾いた様式」と呼ばれます。
つまりこの作品は、ルノワールが印象派の方法で描いた最後の大作です。彼はこの後、二度とこういう絵を描いていません。
同じ場所の数年前の様子は『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』に描かれています。二点を並べると、彼が五年で何を積み上げ、そしてどこでやめたかが見えます。
ピエール=オーギュスト・ルノワールについて
ルノワール(1841~1919)はリモージュに生まれ、少年期に磁器の絵付け職人として働きました。この経験が、後の滑らかな肌の描写につながります。
パリでモネ、シスレー、バジールと出会い、1874年の第1回印象派展に参加しました。
晩年は重いリウマチに苦しみ、変形した手に筆を固定して描き続けました。1919年に没しています。
12万5千ドル
この絵がアメリカにある経緯には、一人の人物が関わっています。
ダンカン・フィリップスは1923年、画商デュラン=リュエルからこの作品を125,000ドルで購入しました。当時、アメリカの収集家が印象派の絵画に支払った最高額です。
彼はこれを、世界の絵画のなかでも最も偉大な作品の一つであり、この出費を後悔していないと書き残しています。
フィリップスは1921年、自宅の一部を公開して美術館を開いていました。アメリカで最初期の近代美術館です。この絵のために設けられた展示室は、今も同館の中心にあります。
作品が見られる場所
ワシントンD.C.のフィリップス・コレクションにあります。デュポン・サークル地区の、もとは個人の邸宅だった建物です。
- 開館時間と料金、休館日は変更されることがあるため、訪問前に公式サイトでご確認ください。
- 規模は大きくありませんが、ゴッホ、セザンヌ、ボナールの重要作があります。マーク・ロスコのために設けられた小部屋もあります。
- ナショナル・ギャラリー・オブ・アートは地下鉄で行ける距離です。そちらにも印象派のコレクションがあります。
そして絵の舞台は今も残っています。シャトゥーのメゾン・フルネーズは現在もレストランとして営業しており、併設の博物館があります。パリからRERで三十分ほどです。絵に描かれたテラスを確認できます。
この絵の前で最後まで残るのは、幸福ではなく終わりです。十四人が別々のことをしながら同じ光のなかにいる、この状態をルノワールは二度と描きませんでした。翌年イタリアへ発ち、帰ってきたときには別の画家になっていました。
画像: Le Déjeuner des canotiers – ピエール=オーギュスト・ルノワール、1880~81年、フィリップス・コレクション蔵。ライセンス: Public Domain. 出典: Wikimedia Commons.
