Las Meninas by Diego Velázquez, 1656

ラス・メニーナス – 王女の左頬はベラスケスが描いていない

マルガリータ王女の左の頬は、ベラスケスが描いたものではありません。1734年のクリスマスイブ、マドリードのアルカサル宮殿が炎上しました。火は四日間燃え続け、数多くの美術品が失われました。『ラス・メニーナス』は運び出されましたが、損傷しました。修復を任された宮廷画家フアン・ガルシア・デ・ミランダは、絵具が失われた王女の左頬をほぼ全面的に描き直しています。

基本情報

頬を描き直した画家

火災は、宮殿のなかにあった宮廷画家ジャン・ランクの居室で、カーテンに火が移ったことから始まったと伝えられています。宮殿の古い木材を伝って、火は四日間燃え続けました。

救い出された絵の修復を任されたのが、フアン・ガルシア・デ・ミランダです。プラド美術館の解説によれば、彼は生まれつき右手がなく、つねに左手で描いていた画家でした。火災のあと、彼は公式の修復家として救出された絵に直接手を入れ、その働きによって翌年4月15日に宮廷画家の称号を得ています。

つまり世界でもっとも有名な王女の頬の一部は、片手の画家が、焼け焦げた画面の上に描き足したものです。いま私たちが見ている画面が、画家本人の手だけでできているとは限りません。こうした「本来の一点」と「現在の姿」のずれについては、教科書が印刷された後に判明した、名画についての新発見でも取り上げています。

この作品が忘れられない理由

この絵の中心には、五歳のマルガリータ・テレサ王女がいます。しかし画面が問いかけているのは、王女が誰かということではなく、私たちがどこに立っているのかということです。

画面左には、大きなキャンバスの前に立つベラスケス自身がいます。奥の壁には小さな鏡があり、そこに国王フェリペ4世と王妃マリアナの姿がぼんやりと映っています。二人は画面の中にいません。つまり彼らは、私たちが立っているその場所にいることになります。

ただし、ここで断定を避けるべき点があります。ベラスケスが描いている大きなキャンバスに何が描かれているのかは、わかっていません。国王夫妻の肖像だという解釈が最も広く受け入れられていますが、鏡が映しているのは実在の国王夫妻ではなく、キャンバス上の絵そのものだという説も真剣に議論されています。この場合、王は部屋にいないことになります。

鏡のなかに部屋の外の人物を映し込むという発想には、先例があります。ベラスケスの時代、スペイン王室のコレクションには、ヤン・ファン・エイクの『アルノルフィーニ夫妻の肖像』がありました。奥の凸面鏡に、部屋の入口に立つ二人の人物を映し込んだ作品です。宮廷画家として王室の絵を管理していたベラスケスが、この絵を知っていた可能性は高いと考えられています。

三百七十年間、この問いに決着はついていません。

登場人物

この絵に描かれた人々のほとんどは、名前がわかっています。

中央 — マルガリータ・テレサ王女、五歳。

その左右 — 侍女(メニーナ)のマリア・アグスティナ・サルミエントとイサベル・デ・ベラスコ。前者は跪いて、王女に赤い器に入った水を差し出しています。

右手前 — 二人の矮人。ドイツ出身のマリバルボラと、イタリア出身で犬を足でつつくニコラス・ペルトゥサート。

後方 — 王女の付き添い役マルセラ・デ・ウジョアと、身元の特定されていない護衛官。

左 — ベラスケス自身。

奥の扉 — ホセ・ニエト・ベラスケス、王妃付きの侍従です。階段の途中で立ち止まり、こちらを振り返っています。彼は出ていくところなのか、入ってくるところなのかも判然としません。

奥の壁にかかっている絵

後景の暗がりに、二枚の大きな絵が見えます。これは装飾ではありません。

いずれもベラスケスの女婿フアン・バウティスタ・マルティネス・デル・マソが、ルーベンスの構図をもとに描いた模写とされます。主題はアテナに罰せられるアラクネと、アポロンをめぐる音楽競技。

どちらも、人間が神に芸術の技を挑み、報いを受ける物語です。画家が自分自身を王家の人々と同じ画面に、しかも王の肖像画を描く姿勢で配置したこの部屋に、その二枚が掛かっています。

絵画は卑しい手仕事ではなく知的な営みである——ベラスケスが生涯をかけて主張したことが、背景に静かに置かれています。

見どころ

  • 光。右手前の窓から差し込む光が王女とその周囲を照らし、奥は深い影に沈みます。そして開いた扉の向こうからも光が入ります。この二つの光源が空間の奥行きをつくります。
  • 鏡。後壁の小さな鏡は、画面のほぼ中央、消失点の近くにあります。見落としやすい大きさですが、この絵の仕掛けの中心です。
  • 赤い十字。ベラスケスの胸にサンティアゴ騎士団の十字が描かれています。しかし彼が騎士に叙されたのは1659年、この絵の三年後です。十字は後から加筆されたもので、国王自身が描いたという伝承もありますが、ベラスケスの死後に別の手で加えられたとする見方が有力です。
  • 画家の首。調査により、ベラスケスの頭部はもともと、いまとは逆に彼自身から見て右へ傾いていたことがわかっています。制作の途中で描き直されました。
  • 犬。右手前に横たわる大きな犬は、足でつつかれても動きません。

ディエゴ・ベラスケスについて

ベラスケスは1599年、セビリアに生まれました。24歳でマドリードに移り、フェリペ4世の宮廷画家となります。以後約四十年、宮廷に仕えました。

彼が描いたのは王族だけではありません。矮人、道化、侍女、庭師まで、宮廷に生きるあらゆる人々を、同じ真剣さで描きました。それぞれの人物に、身分とは別の尊厳が与えられています。

二度のイタリア旅行でティツィアーノらの作品を研究しましたが、画風はあくまで独自のものでした。1660年、61歳で没しています。

この絵がたどった道

『ラス・メニーナス』は公開を前提に描かれた作品ではありません。国王の私的な空間に掛けられ、1666年の宮廷目録にすでに記載されています。

1734年の火災でアルカサルが失われ、絵は救出されましたが、それは同時にこの絵が意味をもっていた空間そのものの消滅でもありました。描かれた部屋は、実際にこの絵が掛かっていた建物の一室だったからです。

その後、1747~48年の目録では王女が異母姉マリア・テレサと誤認され、1772年にも同じ誤りが繰り返されます。1794年の目録では『フェリペ4世の家族』という呼称に戻り、1819年のプラド美術館開館とともに移管されました。

『ラス・メニーナス』という名で目録に載ったのは1843年です。制作から百八十七年後のことでした。

画面の左右が後世に切り詰められている点も見逃せません。建物や額の都合で名画の縁が切られた例としては、1715年に四辺を切り落とされたレンブラントの『夜警』がよく知られています。

遺産と影響

この作品は繰り返し参照されてきました。エドゥアール・マネはベラスケスを「画家の中の画家」と呼び、パブロ・ピカソは1957年にこの絵を主題に58点の連作を制作しました。連作はバルセロナのピカソ美術館にあります。フランシス・ベーコンやサルバドール・ダリも応答作を残しています。

哲学者ミシェル・フーコーは『言葉と物』の冒頭章でこの絵を分析し、表象という主題の出発点に据えました。

同じプラドにあるゴヤの『裸のマハ』や『1808年5月3日』と並べて見ると、スペイン絵画がこの一枚から何を受け取ったかが見えてきます。ゴヤはベラスケスの作品を版画で模写して学びました。

日本では?

『ラス・メニーナス』はプラドを離れることのない絵です。それでも日本では、ベラスケスに出会う機会が重ねられてきました。

2002年以降、プラド美術館の名品展は日本で繰り返し開かれ、2018年までの四回で延べ180万人を超える人々が訪れています。そして日本とスペインの外交関係樹立150周年を記念した2018年の「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」では、東京・上野の国立西洋美術館(2月24日~5月27日)と神戸の兵庫県立美術館(6月13日~10月14日)で、日本の展覧会としては過去最多となるベラスケス作品7点が公開されました。『王太子バルタサール・カルロス騎馬像』や『狩猟服姿のフェリペ4世』など、フェリペ4世の宮廷を描いた作品が並び、17世紀スペインの宮廷芸術の全体像を伝える展覧会でした。

ただし『ラス・メニーナス』そのものは、このときも来日していません。王女と画家と鏡の前に立つためには、マドリードの12番室を訪れる必要があります。

作品が見られる場所

マドリードのプラド美術館、12番室にあります。ベラスケスの作品が集まる展示室の中心に掛けられています。

  • 開館は月曜〜土曜10時〜20時、日曜・祝日10時〜19時が基本です。閉館前の二時間ほどは無料入場時間帯ですが、その分混雑します。
  • 入場料は大人15ユーロ前後、18歳未満は無料です。料金と時間は変更されることがあるため、事前に公式サイトでご確認ください。
  • 開館直後が最も空いています。
  • 正面からだけでなく、離れた位置から見てください。この絵は本来、特定の距離から見たときに空間が成立するように計算されています。近づきすぎると、筆致は見えても構造が見えません。
  • 同じ美術館にベラスケスの『ブレダの開城』『織女たち』があります。

プラド、ティッセン=ボルネミッサ、レイナ・ソフィアの三館は徒歩圏内にあります。ただし一日で三館を回ることはおすすめしません。限られた時間でどの作品にどれだけ向き合うか——その判断が鑑賞の質を左右することは、名画は脳に何をするのかでも示されています。

この絵の前で最後まで残るのは、謎ではなく位置です。ベラスケスは鑑賞者を国王の立つ場所に置きました。私たちはそこに立ち、王女に見つめられ、画家に見つめられ、そして自分が何を見ているのかを確かめられないまま立ち去ることになります。

画像: Las Meninas – ディエゴ・ベラスケス、1656年、プラド美術館蔵。ライセンス: Public Domain. 出典: Wikimedia Commons.

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