The Garden of Earthly Delights by Hieronymus Bosch, 1505

快楽の園 – 地獄の人物の尻に楽譜が書いてある

右翼の地獄の場面に、巨大なリュートとハープの下敷きになった人物がいます。その尻に楽譜が書き込まれています。2014年、アメリカの大学生アメリア・ハムリックがこの音符を現代の記譜法に書き起こし、演奏して公開しました。五百年のあいだ誰も鳴らさなかった音が、そのとき初めて聞かれることになります。

基本情報

題名はボスのものではありません

『快楽の園』という呼称は、のちの時代に定着したものです。

16世紀末のエル・エスコリアル修道院の目録では、この作品は『イチゴノキの絵』と記載されていました。中央パネルに繰り返し現れる赤い果実にちなむ呼び名です。イチゴノキの実は、熟すと赤く甘くなりますが、食べすぎると酔ったようになるとも言われてきました。

ボス自身が何と呼んでいたかは、記録が残っていません。誰もが知る名画の題名が、画家のものではなかったという例は、教科書が印刷された後に判明した、名画についての新発見でも取り上げています。

三つの画面

閉じた状態。灰色一色のグリザイユで、透明な球のなかに地上が描かれています。天地創造の三日目、植物が生まれ、まだ人も動物もいない段階です。上部にラテン語の詩篇の一節が記されています。

色のない外側から、開くと極彩色の内側が現れます。この落差自体が仕掛けです。

左翼。エデンの園。神がアダムにイヴを引き合わせています。ただし穏やかではありません。池では鳥が魚を襲い、猫が鼠をくわえて歩いています。楽園のなかですでに捕食が始まっています。

中央パネル。数百人の裸体が、巨大な果実、鳥、貝殻とともに配置されています。人々は水浴し、実を食べ、鳥に乗り、透明な球のなかに入っています。

老人はいません。子供もいません。全員が若く、全員が裸で、誰も衣服を持っていません。

右翼。地獄。背景では都市が燃え、前景では人間が拷問を受けています。

右翼で何が起きているか

この画面は詳細に見る価値があります。

楽器が拷問具になっています。リュート、ハープ、ハーディ・ガーディ。人が弦に縛られ、楽器に押しつぶされています。

そして尻の楽譜です。楽器の下敷きになった人物の臀部に、五線と音符が書かれています。読める状態で描かれています。

先に述べたとおり、2014年にオクラホマ・クリスチャン大学の学生が解読を試み、演奏音源を公開しました。当時の記譜法をどう読むかによって、複数の版が存在します。

修道女の姿をした豚。右下に、修道女のヴェールをかぶった豚が男に身を寄せ、文書に署名させようとしています。おそらく遺言状です。死にゆく者から寄進を取り立てる修道院への風刺と読まれています。

樹木人間。画面中央の巨大な人物は、胴が割れた卵の殻のようになっており、内部に酒場があります。脚は木の幹のようで、二艘の舟のなかに立っています。そして顔だけがこちらを向いています。

この顔をボスの自画像とする説が広く知られています。確証はありません。

そして、キリストがいません。当時の三連祭壇画で右翼は最後の審判に当てられ、中央にキリストが座り、魂が秤にかけられるのが通例でした。

この絵にはそれがありません。裁く者も、救われる者もいません。地獄は自動的に作動しています。

何を意味するのか

解釈は定まっていません。

道徳的警告。もっとも一般的な読み方です。左から右へ、堕落の順に見るという理解です。

失われた楽園。中央パネルを、原罪以前にありえたかもしれない人類の姿として読む説です。この場合、中央は罪ではなく可能性を描いていることになります。

異端説。20世紀前半、ボスがアダム派などの異端集団に属していたとする説が提起されました。現在の研究では支持されていません。

説明を求めない立場。この作品は個人の依頼で作られており、注文主の間で通じる意味があったのかもしれません。私たちにはその文脈が失われています。

ただし一点は確かです。これは教会の祭壇のために作られたものではありません。ナッサウ伯エンゲルベルト2世、あるいはその甥のヘンドリック3世の注文とされ、ブリュッセルの邸宅に置かれていたことが、1517年に訪れた旅行者の記録から確認できます。

つまり、私邸の応接空間に掛かっていた絵です。

ヒエロニムス・ボスについて

本名はイェルーン・ファン・アーケン。1450年頃、ネーデルラントのスヘルトーヘンボスに生まれました。号はこの町の名に由来します。

画家の家系に生まれ、生涯この町を離れませんでした。裕福な家の娘と結婚し、宗教信心会に属し、地域の名士として暮らしています。

作品の幻想性と生活の平凡さが一致しません。これがボス研究の難しさの一つです。

現存する真作は二十数点にとどまります。1516年に没しました。

忘れられてはいませんでした

ボスが死後すぐ忘れられ、20世紀に再発見されたという説明は正確ではありません。

16世紀のスペインで彼は人気の画家でした。フェリペ2世は熱心な収集家であり、この作品も1591年に入手し、のちにエル・エスコリアルに置いています。

模作と追随者の作品が大量に作られ、1560年頃にはスペインの人文主義者フェリペ・デ・ゲバラがボスについて論じた文章を書いています。

関心が薄れたのは17世紀から18世紀にかけてです。そして20世紀、シュルレアリスムの台頭とともに再び注目されました。

ボスの系譜は同時代のネーデルラントにも続いています。『バベルの塔』を描いたブリューゲルは、初期に「第二のボス」として売り出されました。

日本では?

ボスの油彩画が初めて日本に来たのは、2017年のことです。

東京都美術館で4月18日から7月2日まで開かれた「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル『バベルの塔』展 16世紀ネーデルラントの至宝――ボスを超えて」に、ロッテルダムのボイマンス美術館が所蔵するボスの『放浪者(行商人)』と『聖クリストフォロス』の二点が出品されたのです。前年の2016年はボスの没後500年にあたり、欧米では大規模な回顧展が開かれ、ボスへの関心がかつてなく高まっていました。展覧会はその後、大阪の国立国際美術館にも巡回しています。

展覧会の副題が示すとおり、この展覧会はボスとその後継者ブリューゲルの関係を軸にしていました。ボスの奇怪な怪物たちを受け継いだ版画も数多く並び、日本の観客は、ボスがどのように「次の世代」へ手渡されていったのかを目にすることになりました。ただし『快楽の園』そのものは、三連の巨大な板絵であり、プラドを離れたことはありません。

作品が見られる場所

マドリードのプラド美術館にあります。

  • 開館は月曜~土曜10時~20時、日曜・祝日10時~19時が基本です。プラドは月曜も開いています。
  • 閉館前の二時間ほどが無料入場時間帯です。混雑します。
  • 料金と展示室の配置は変更されることがあるため、事前に公式サイトでご確認ください。
  • 同じ区域にボスの『干草車』と『七つの大罪と四終』があります。

この作品については、事前にオンラインで予習することを強くおすすめします。プラド美術館は拡大表示に対応した専用ページを公開しており、個々の人物まで確認できます。

理由は単純です。画面には千を超える人物と生物が描かれており、現地で立ち止まれる時間では見きれません。先に見るべき箇所を決めておかないと、全体を眺めて終わります。混雑した展示室で、私たちの脳が一枚の絵から実際にどれだけを受け取れるのかについては、名画は脳に何をするのかでも取り上げています。

同じ美術館にゴヤの『黒い絵』連作とベラスケスの『ラス・メニーナス』があります。

この絵の前で最後まで残るのは、規模ではなく細部です。修道女のヴェールをかぶった豚がいて、割れた胴のなかに酒場があり、誰かの尻に楽譜が書かれています。ボスはそれを、教会ではなく私邸の壁のために描きました。

画像: El jardín de las delicias – ヒエロニムス・ボス、1490~1500年頃、プラド美術館蔵。ライセンス: Public Domain. 出典: Wikimedia Commons.

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